タイへ空輸する特産のモモ「ふくあかり」を一つ一つ丁寧に箱詰めする。「海外から一度『ノー』と言われた福島の果物が、本当は『おいしい』と知ってもらいたい」

 福島県桑折町で「はねだ桃園」を営む羽根田幸将さん(30)が7月27日、第1便の5キロを発送した。商社を通じ、計50キロを現地で販売する。

 東京電力福島第1原発事故が起きた2011年3月以降、54の国・地域が福島県や周辺県からの食品輸入を規制した。

 当時、羽根田さんは山形大の学生。父の建伸さん(67)らが出荷したモモは地元でもなかなか売れず「家じゅうがどんよりしたまま夏を過ごした」。海外市場ははるか遠い存在だった。

 15年春、体調を崩した建伸さんを支えるため、教育関連の仕事を辞めて実家に戻った。タイが15カ国目の規制撤廃国となった時期でもあった。

 農産物の生産工程に関する認証制度の国際規格「グローバルGAP(ギャップ)」を16年に取得した。品質の高いモモ作りに励み、18年に初めて海外輸出を実現させ、タイに約150キロのモモを送った。

 海外販売は手間やコストが掛かり、利益は国内販売と変わらない。昨夏はインドネシアへの輸出を試みたが価格面で折り合わず、難しさを味わった。

 羽根田さんはそれでも「輸出の実績は、国内外の消費者や小売業者からの信頼につながる」と海外に目を向ける。

 原発事故から9年5カ月。多くの国が規制を撤廃しているが、事故前まで福島県の主要な輸出先だった香港、台湾、中国など5カ国・地域は福島県産品の輸入停止を続ける。台湾は住民投票で規制継続を決め、解除時期は不透明だ。

 「外交ルートや閣僚級の対話を含め、撤廃に向けて働き掛けている」と農林水産省の担当者。輸出再開は科学的な安全の議論を離れ「政治案件」と化した。

 規制を続ける国々を横目に、福島県は東南アジア市場の開拓に力を入れる。タイやマレーシアで試食・商談会を開催。19年度の県産農産物の輸出量は事故前の2倍の305トンに増えた。

 ただ、躍進を支えるのは多額の復興予算だ。20年度の県の農林水産物の風評対策予算は約20億円。うち1億7000万円を直接の輸出促進事業に充てる。リンゴだけで年3万トン以上を輸出する青森県の輸出促進事業費の4倍近い。

 海外輸出に不可欠な復興予算は今後、確実に先細る。一方、山梨県が年450トンのモモを台湾や香港で販売するなど海外市場を巡る競争は激しさを増す。

 内憂外患に直面する福島の農産物。全農県本部の渡部俊男本部長(57)は「国内の風評被害の外堀を埋めるためにも、海外での評価が重要になる。復興予算がなくなる前に民間レベルの輸出振興策を考えなければならない」と危機感を示す。

 福島県の農林水産物が、東京電力福島第1原発事故後の価格低迷を克服できていない。安全であるにもかかわらず、不安視して買い控える風評被害が底流にあるとされる。東日本大震災から10年目の今年、牛肉やコメの放射性物質検査は縮小され、漁業も全魚種の出荷が可能になった。転機を迎えた生産現場から、長引く問題の実相を追った。