「甘え過ぎじゃないかと思うかもしれないが…」。2011年6月11日の政府の復興構想会議第9回会合で、宮城県知事の村井嘉浩(60)は念を押すように財源論を切り出した。

 構想会議の議論がヤマ場を迎える中、村井は県内の12市町の復興事業費が2兆1000億円に達するという巨額の独自試算を持参していた。

 人口1万の町の例も読み上げた。道路や造成など復興費に3350億円かかり、地元負担は1165億円。年間の財政規模が60億円、土木費8億円の町は破綻(はたん)する-。

 「全て国が(財源を)持つといったぐらいのことを提言に書き込んでもらわないと、まちづくりは全くできない。桁が違う」

 阪神大震災を巡る国の責任は原状回復を目指す「復旧」にとどまり、兵庫県や神戸市は16兆円超もの復旧復興費の半額近くを負担し、巨額の負債を抱えた。

 過疎地を多く抱える東北は、たった数%の地元負担ですら地方財政の首を絞めかねなかった。

 地元負担の軽減をどこまで構想会議の提言に盛り込むか-。検討部会長を務めた政策研究大学院大教授の飯尾潤(58)は、総務省と財務省のはざまで悩んでいた。

 総務省が求めていたのは特別交付税の「加算」だ。

 国は毎年、地方交付税の6%を確保し、災害など臨時の財源として地方に配分する。被災地を手厚くすれば、他自治体の財政運営に影響しかねない。

 対する財務省は「復興増税の実現が前提」との立場を崩さない。3日間もの直接交渉の末、両省の立場がにじむ提言が出来上がる。

 「地方の復興財源も臨時増税措置などで確実に確保すべきだ。その中で、被災地以外の地方公共団体に影響を及ぼさないよう、地方交付税の増額などで確実に財源を手当てすべきだ」

 その約2カ月後、民主党代表選で復興増税を掲げて勝利した野田佳彦(63)が、菅直人(73)に代わって首相に就く。11月には所得税や法人税、住民税の臨時増税などで5年間で19兆円という復興事業の財源確保にめどが付いた。

 地元負担も、財政力が弱い被災自治体向けに「別枠」の震災復興特別交付税を設けて国が全額を措置。史上例のない実質的な地元負担ゼロが決まった。

 「ちょっとでも地方負担はあると思っていた」

 異例の決断に、飯尾は驚きを禁じ得なかった。地方事業に自己負担が伴うのが原則だからだ。交付税を所管する総務省内部でもせめぎ合いがあったという。

 災害復旧は通常、地方が事業費の一部を起債して調達し、後に国が交付税措置する。震災では費用が多額な上に事業数も膨大なため、自治体に起債させない対応を考えた。

 「起債させずにまとめて国費を出すと、後に自治体に負担を求めるのが難しくなる事務的な理屈があったようだ」と飯尾は明かしつつ、「日本全体で被災地を応援するという国民合意を背景に、地元負担ゼロは実現した面が強い」とみる。

 巨額の財源を裏付けに成立した地元負担ゼロは、同時に使途のブレーキが利きにくくなったことを意味した。

◎幅広い解釈、流用を助長

 地元負担ゼロを受け、2012年2月に発足した復興庁には被災自治体から5000億円もの復興交付金事業の要求が押し寄せた。

 初代復興相に就いた平野達男(66)は、違和感を隠せなかった。「過疎先進地」の災害にもかかわらず、大規模な土地のかさ上げなど過大な復興事業としか思えなかったからだ。

 被災自治体の復興計画に「将来の人口予測」が記載されていたのは、岩手、宮城両県33市町村のうち釜石など4市町だけ。「人口減を前提とした復興は口が裂けても言えない」という首長たちの空気を感じたという。

 容易に事業を認めない復興庁の方針は、宮城県知事の村井嘉浩(60)から「査定庁」と非難を浴びる。「後から見直せばいい」と復興を急ぐ被災地に配慮したが、それも甘かった。

 大規模な宅地造成で工期が長引く間、別の土地で自力再建する人が続出した。その結果、膨大な事業が過剰となり、見直しには限界があった。平野は「使途を抑えられるのは復興庁しかなかったが、十分できなかった。計画時にもっと議論すべきだった」と自戒する。

 復興構想会議の提言やその後の政府の復興基本方針には「日本経済の再生なくして被災地域の真の復興はない」との文言が盛り込まれた。これもモラルハザード(倫理観の欠如)を引き起こした。

 被災地以外での職業訓練や反捕鯨団体の対策費、沖縄県の国道整備…。会計検査院の13年の調査結果で、被災地と関係ない「復興事業」は326件、計1兆4500億円に上った。

 流用を招いたのは11年6月に成立した復興基本法がきっかけとされる。

 政府が5月に閣議決定した基本法案は、事業対象を「被災地域の復興」に絞る一文が入っていた。それが自民、公明両党との修正協議で「東日本大震災からの復興」に書き換えられ、幅広い解釈が可能となった。

 13年6月、「大規模災害復興法」が施行された。復興を柱とした国内初の恒久法で、16年4月の熊本地震から適用されている。

 政府や都道府県、市町村が復興方針を策定する際は将来の人口予測を盛り込むよう求め、過大な計画づくりに歯止めをかけた。基本理念では復興の目的を「被災地域」に限定した。

 内閣府大臣官房審議官として策定責任者を務めた佐々木晶二(60)は「復興で人口予測をすっ飛ばしていい訳がないし、復興の目的が日本の経済再生であるはずがない」と明快だ。

 東日本大震災を教訓に、政治要求などで解釈が広がりすぎた「復興」をあるべき姿に戻した。佐々木は「役人としてのささやかな抵抗だった」と言う。

 施行後、地元負担がゼロになった災害はない。東日本大震災で実現した手厚い支援は、最初で最後の「例外」となる可能性が高い。
(敬称略)