2011年6月18日にあった政府の復興構想会議第10回会合で、宮城県知事の村井嘉浩(60)が特区を巡り、提言の草案に不満をぶちまけた。

 「体を張って日本の水産業のために頑張っている。この部分を譲るぐらいなら、委員を辞めなければいけない」

 「この部分」は、漁業法で漁協に優先付与される漁業権の特例を指す。村井は地元漁業者が参画する法人も漁協と同じ扱いをするよう求めていた。事務局の草案は文言があいまいで「従来通りの解釈ができる」と反発した。

 村井と共闘した委員の高成田亨(72)は、知事の迫力に怒りと強い決意を読み取った。「霞が関の修辞学で骨抜きにしようとしている。これでは駄目だ。規制緩和で突破する」と。

 元全国紙記者の高成田は震災直前に退職するまで、石巻で水産取材に駆け回った。構想会議の序盤、漁業者や加工、販売業者が一体となった公社の設立を訴えていた。

 同じ日の会合で、村井が「サラリーマンという形で漁業をする」と特区を提案した。高齢化や後継者難にあえぐ浜に民間資本の参入を促し、被災した漁業者の負担軽減や若者の新規就労を図る狙いがあった。

 高成田は元々、漁業権にまで踏み込む必要はないと思っていたが、民間資本を入れて6次産業化を目指す方向性は村井と同じだった。

 村井の思惑とは裏腹に、地元宮城では県漁協が猛反発し、大騒動に発展した。水産庁も「現制度でも民間企業は参入できる」との立場を崩さない。高成田が「事実上は漁協の独占だ」と掛け合っても、議論はかみ合わなかった。

 明確な反対こそなかったが、構想会議内には賛同する声もほとんどなかった。高成田は「そこまでやる必要があるのか」という冷ややかな空気を感じていた。

 「やりたい民間企業も出ている。水産庁に、会議で決まったのでぜひやってという形にしなければ、ここに出てきた意味がない」

 執念を燃やす村井は、草案の修正を迫り続けた。

 「理解はやさしくない」「会議を支配しようと思わないで!」「提案に合意した認識はない」。議長で神戸大名誉教授の五百旗頭真(76)らは村井のこだわりがなかなかのみ込めず、厳しい言葉を浴びせた。

 辞任も辞さない村井の強攻姿勢が形勢を変えた。被災地の知事に辞められたら会議は崩壊する-。「悪いけど最後は考えてくれ」。検討部会長を務めた政策研究大学院大教授の飯尾潤(58)が水産庁を説得した。

 構想会議の提言を踏まえて11年12月、復興特区法が成立。地元漁業者主体の法人に漁業権を優先付与できる特例が盛り込まれた。13年4月に水産特区が認められ、9月、石巻市桃浦地区のカキ養殖漁業者と水産卸の仙台水産(仙台市)の出資会社が第1号となった。

 高成田は「歴史に改革の印を刻んだ」という手応えの半面、悔いもある。

 「販路づくりや資源管理など、水産業のさまざまな課題をもっと考えなければならなかった。漁業権だけが焦点になってしまったのが残念だ」(敬称略)

◎先進モデルなり得たか

 「特区さえあれば何でもできるわけではない」「何をするかを明確にする必要がある」。政府の復興構想会議では、特区そのものの狙いや定義が議論になった。

 具体的なテーマに挙がったのは、復興促進のため被災地を区切って各種特例を設ける手法や、医療介護など先進モデルを被災地で実現し、いち早く国内課題に対処する手法だ。

 2011年12月に成立した復興特区法は、一定の被害があった北海道から長野県まで11道県227市町村を対象区域に設定。規制緩和や手続きの簡素化、復興交付金などの特例メニューを用意し、県や市町村の申請を認可する形式とした。

 元復興庁事務次官の内閣官房参与岡本全勝(65)は「新しいことをするというより、幾つかの行政手法を組み合わせて自治体を支援するのが主な狙いだ」と解説する。

 メニューのうち設備投資や被災者雇用に対する税制特例は、より区域を限定して5県143市町村に適用した。岩手、宮城、福島各県は沿岸部との取引などの事情を踏まえて全域とした。今年3月末までに延べ3588事業所が指定され、設備投資総額は2兆4100億円に上った。

 19年12月末時点の3県の設備投資額の割合は、被害が大きかった沿岸被災地と東京電力福島第1原発事故の避難指示対象地域は合わせて56%、それ以外(内陸)は44%だった。

 宮城に限ると、指定事業所数の割合は沿岸が79%、内陸(仙台市青葉区、泉区、太白区含む)が21%。沿岸の事業所数は内陸の4倍に上るが、投資額は内陸とほぼ同じだった。

 沿岸部のある首長は「被災規模が全く異なる浸水地域と内陸が同じ条件だったため、投資する上で浸水地域に不利に働いたのではないか」といぶかる。

 特区法は、国との協議で新たな特例を追加できた。宮城県は4件申請したうち、物流コスト削減のための大型コンテナ活用支援と、NPO法人などへの保育所整備の補助拡大が実現しなかった。

 復興や既存の法制度との整合性が問われ、風穴はあかなかった。

 「特区とは構造改革特区。規制を実験的に緩やかにしてうまくいけば全国に広げ、いかなければ閉じる」

 構想会議で宮城県知事村井嘉浩が強く主張して盛り込まれた水産特区は、地域を限定し、被災地を支援する復興特区のメニューの中では「特異」に映る。

 18年12月、漁業権の優先順位を廃止する改正漁業法が成立。20年12月の施行後は全国で規制がなくなる見通しだ。ただ法律に先んじて水産特区が適用された被災地では、第1号の石巻市桃浦地区に続く動きはない。

 水産特区は日本のモデルになり得たのか。検討部会長を務めた飯尾潤は「法改正は特区がうまくいったからなのかは疑問だ。水産業の本当の問題は、漁業権のところではなかったのだろう」と冷静に振り返る。(敬称略)