7年ぶりに釜石市に赴任した平田小(児童148人)の鈴木崇校長(57)が、今年4月の着任後すぐに学校の津波防災マニュアルに記載された避難場所を確かめた。

 60平方メートルの空き地「君が洞広場」。東日本大震災後、避難場所に指定された。「安全だろうか」。不安は5カ月後に的中する。

 9月4日、平田小の児童が隣接する認定こども園の園児の手を引き、300メートル離れた広場に避難した。2016年度に始まった合同避難訓練で、教職員も合わせると計257人が狭い空き地に身を寄せた。

 気温28.3度、風速1.9メートル。汗ばむ陽気の中、全員が移動を終えるまで10分以上かかった。

 酷暑なら、極寒なら…。大雨なら…。雨風を防ぐ物がなく、子どもたちが長時間避難するのは難しい。

 平田小は海岸から300メートル離れ、海抜は13メートル。震災の津波は昇降口の前まで押し寄せた。当時の避難先は校舎内。あの日、児童らは内陸にある三陸鉄道平田駅へ、さらに高台へと2度逃げた。

 より安全な避難場所はどこか。鈴木校長は既に地元住民と話し合いを始めていた。8月28日には、町内会長や専門家らと君が洞広場の問題点を洗い出した。

 震災当日、児童を軽トラックの荷台に乗せて避難させた町内会長の佐藤雅彦さん(66)は「屋根があるこども園や学校に近い平田駅の方が安全ではないか」と主張。2次避難の困難さを指摘する声もあり、広場の安全性に疑問が広がった。

 岩手大の越野修三客員教授は「学校と町内会で考えている視点が違うこともある。集まって議論すれば課題が見えてくる」と地域連携の重要性を強調した。

 「子どもたちの命を守るため、検討すべき課題が山積している。学校だけでは限界がある」。鈴木校長は率直に認め、地域の協力に期待する。

 文部科学省は大川小津波事故訴訟の判決確定後、学校防災に関する通知を出し、地域連携の推進に言及。地域住民や専門家らの助言を踏まえ、学校防災マニュアルも見直すよう求めた。

 教育現場における地域連携の現状はどうか。河北新報社による岩手、宮城、福島3県の小中学校アンケートでは、住民と合同で訓練をしている学校は4割にとどまった。

 「業務が多忙」(43.7%)が最も多く、「市町村の防災担当と連携が困難」(31.6%)など、地域連携を推進する上でのハードルが浮かび上がった。

 気仙沼市鹿折中(生徒104人)の生徒が10月2日、震災当時の避難行動について住民に質問を重ねていた。本年度始まった震災に関する授業の一環だ。

 「家と商店を車で往復した。途中から浸水で車を動かせなくなった」。経営する商店が被災した藤野耕一路さん(71)が当時の状況を説明すると、生徒は真剣な表情で耳を傾けた。

 生徒たちは12月に住民の前で「震災の教訓」を発表する。菅原定志校長(59)は「訓練だけでなく、地域と共に学び続けることで双方に好循環が生まれ、地域防災力の底上げにつながるはずだ」と確信する。