魚のすり身を何度も、何度も手に取る。感触を確かめては、塩を入れるタイミングを見極める。

 7月末、いわき市永崎のかまぼこ製造「貴千(きせん)」はお盆を控え工場のフル稼働が続いた。専務の小松唯稔(ただとし)さん(43)が「塩ずり」と呼ばれる作業に当たっていた。

 「塩を入れると、すり身に力が出てくる。全てが決まる」という最も重要な工程だ。全体を均一に仕上げるため機械に任せず、手でならす作業を繰り返す。

 同社が貫く商品製造。その代表格が板かまぼこ「魚さし」だ。つなぎを使わず、伝統的な手法を用いる。2019年度全国蒲鉾(かまぼこ)品評会で最高賞の農林水産大臣賞を受けた。

 東日本大震災で市沿岸部は大きな被害を受けた。貴千の工場は津波を免れたものの、強い揺れで建物の壁や床などにひびが幾筋も入り、生産が止まった。

 1週間前、次男が生まれたばかりだった。東京電力福島第1原発事故を受け家族で一時、東京に避難した。その間も、地元では従業員らが復旧作業に懸命に当たったという。

 小松さんは約1カ月後に戻り、半月後には生産再開にこぎ着けた。取引先に連絡を取ったものの、棚は他産地のかまぼこに取って代わられていた。主力だった豆板かまぼこの出荷はゼロになった。

 1963年の創業。高度経済成長を背景に安価なかまぼこを大量生産し、首都圏に出荷してさばく商売を続けてきた。地元での直販はほとんどなかった。

 「取引先は棚を埋めなければならない。当時の状況で、福島のかまぼこをあえて入れる理由もない」。大消費地を支えるスタイルの商いに、福島県産という事実が立ちはだかった。

 小松さんが会社に入ったのは震災の4年前。社長の父健司さん(69)と共に新たな方向性を模索している中で震災と原発事故が起きた。「ここでしか作れないものを作る」。地域性が強く、代替できない商品づくりに大きくかじを切った。

 豆板かまぼこのラインを全て撤去し、手作業用のスペースを設けた。従来の業務用に加え、高級路線の贈答用、そして「普段の食卓にかまぼこをのせたい」との思いから家庭用へと商品の幅を広げた。豆板かまぼこも一部再開させ、販路は回復軌道に乗った。

 震災があった11年の11月には「さんまのぽーぽー焼風蒲鉾」を発売した。ぽーぽー焼はいわき市小名浜の郷土料理。各家庭にそれぞれの味付けや、食べ方がある。小松さんは母の味をベースにして作った。

 パッケージの表に「いわき小名浜漁師料理」と入れた。古里の地名があると他の商品の売れ行きに影響が出るかとも悩んだが、はっきりと書いた。地元の海と生きていくという決意の宣言だった。
(加藤健太郎)