夏空が広がった1日、福島県いわき市の小名浜諏訪神社で小さな祭りがあった。社殿に大漁旗が飾られ、子どもたちの楽しげな声が響く。

 子どもたちから「さっちゃん」と声を掛けられた松田幸子さん(37)は、同市小名浜の「さんけい魚店」の3代目。「子どもたちに夏の思い出を」と、仲間に祭りの企画を呼び掛けた。

 テントを張り、地元産カナガシラのつみれ汁とサバのフライを出した。つみれ汁はカナガシラから出るだしとかつお節、塩だけで味付け。地魚の味をしっかりと感じられる。

 夏祭りは、松田さんが2016年12月に始めた「さかなのば」の延長線上にある。月1回、日曜日に店で開く居酒屋だ。赤ちょうちんをぶら下げ、地元の魚の刺し身や料理を提供する。

 手の込んだメニューではなく、親しみやすくて魚のうま味がダイレクトに伝わるものを選ぶ。新型コロナウイルスの影響で中断する前の今年2月までの計31回に1000人超が訪れた。

 19歳で店に入った。父義勝さん(64)や近所の買い物客に鍛えられた。「客は次の日も来る。うそはつけない」。一過性の観光客相手ではない商売ならではの厳しさがある。

 東日本大震災で店は津波の被害こそ免れたが、床が割れてシャッターも閉まらなくなった。それでも翌日には店を開け、井戸水を配った。東京電力福島第1原発事故が起きる。2人の息子と共に、泣く泣く千葉県に避難した。

 震災後、店は一変。地元産の「常磐もの」の水揚げが途絶え、県外産の魚が並んだ。「遠くで取れた魚だから安全」と売り込むことに違和感を覚えた。

 試験操業が始まって地元の魚が入っても、さっぱり売れない。原発事故の影響だ。干物を店の外に並べることさえはばかられた。「自分の子どもには食べさせているのに」。気持ちが晴れない日が続いた。

 きっかけは16年秋、知人との会話だった。「うまい魚で酒が飲めたら」と言われた。季節ごとに旬の魚が揚がる豊かな海が目の前にある。「自分たちは最高の場所にいるということを改めて思った」

 福島産に対する風評や魚食離れ。水産の街を取り巻く難しい状況の中で、自分にできることは「うまい魚を食べてもらうこと」と動き始めた。父にも背中を押され、約1カ月後にさかなのばを初めて開いた。

 夏祭りには、さかなのばの常連が手伝いに駆け付けてくれた。ズワイガニや冷凍本マグロ、塩わかめ。くじ引きの景品は地元の水産会社などが提供してくれた。地魚がつなぐ輪は着実に広がっている。

 「とにかく一口。食べないと始まらない」と松田さんは言う。店に赤ちょうちんがともり、客の笑顔があふれる日を心待ちにする。
(加藤健太郎)