臨海エリアに超高層マンションがそびえ立つ東京都江東区の東雲(しののめ)地区。スーパー大手のイオン東雲店の鮮魚売り場に、福島県沖で取れた「常磐もの」のマアナゴが並ぶ。

 「焼いたら塩を振ってワサビを乗っけてね。今は試食できないから、とにかくだまされたと思って買ってくださいよ」。新型コロナウイルスで試食の自粛が続く中、店員が軽妙な語り口でアピールしてみせた。

 イオンは一部店舗で「福島鮮魚便」と銘打ち、2018年から福島産の魚を常設販売している。「安全性と鮮度、おいしさに絶対の自信がある」。鮮魚便の責任者を務めるイオンリテール水産商品部長の松本金蔵さん(60)が断言する。

 入社以来、水産一筋でやってきた。「社内一の不人気部署」と自嘲するが、学生時代に鮮魚店で働いた経験もあって、地域の魚食文化を支える仕事に誇りがある。今の肩書に就いたのは15年。全国約360の系列スーパーのどの店でどんな魚を売るか決定権を握る。

 データの蓄積が自信を裏打ちする。イオンは東京電力福島第1原発事故後、食品中の放射性物質濃度の自主検査を続ける。水産関係の実績は累計約2900件。13年以降は全て検出限界値未満だ。

 手間を掛けてまで、なぜあえて福島産の魚を取り扱うのか。松本さんは12年に目の当たりにした風評被害の理不尽さを思い起こす。

 千葉県沖で取れたカツオが、いわき市の小名浜漁港に水揚げされた。千葉の銚子漁港に揚がった同じカツオは1キロ当たり1000円なのに、5分の1のたった200円で売られていた。

 「まるでごみ捨て場だった」と松本さん。「漁場は同じなのに、『福島』というだけでこうなるのはおかしい。誰かがきちんと説明しないと、風評はなくならない」

 だから鮮魚便では対面販売を徹底している。お薦めの調理方法も放射性物質の検査体制も、店員が客に直接伝える。「よく知らない」「何となく嫌」という空気を説明を重ねて払拭(ふっしょく)していく。

 18年に5店舗で始まった鮮魚便は19年に10店舗、20年は13店舗へ拡大。放射能への懸念の声は売り場ではほとんど聞かれなくなったが、それでも福島産の価格は全国平均を下回る。

 小売りの立場から見て理由は明らかだ。「まだ試験操業で品物の絶対量が少ないから値を付けにくい。本操業が始まって量が回復しさえすれば、どこの浜とも同じ値になると思う」

 さばかれたばかりの白く輝くマアナゴを次々求める客の姿に、松本さんは確信を深める。「やっぱり常磐ものはいいんですよ。知らないから怖い。そこですよ、絶対」
(関川洋平)