生前の写真と似顔絵を見比べるとそっくりだった。頬はふっくらとしていて、ほうれい線の深さもぴったり。笑みを浮かべたスナップ写真のように、柔和な雰囲気が漂っていた。

 宮城県警鑑識課OBで鑑識技能伝承官の安倍秀一さん(70)=仙台市泉区=が8年前、東日本大震災の2カ月後に宮城県石巻市竹浜で見つかった女性の身元不明遺体の似顔絵を描いた。今年6月末、この1枚が同市南浜町の阿部きうさん=当時(99)=と判明した。

 「太平洋に流されたのだろうと思い、半ば諦めていた。9年かけて伯母を見つけてもらった。感謝しかない」。遺骨を受け取ったおいの管野一之さん(80)=石巻市=は感無量だった。

 特定の決め手は同一母系に遺伝するミトコンドリアDNAの鑑定。県警は複数の遺体が発見された場所から居住地を調べて身元を絞る手法を用い、似顔絵と併せて突き止めた。

 安倍さんは鑑識畑が長く、似顔絵が得意分野だ。定年退職後の2012年、震災の身元不明遺体の写真から似顔絵94枚を描き、24人の身元判明に結び付けた。県警唯一のスペシャリストとして、警察学校などで後進の育成に当たっている。

 似顔絵で情報を募る県警のアイデアは画期的だった。時間がたつにつれ、見つかる遺体は傷みが激しくなった。DNA型鑑定に必要な近親者が見つからなかったり、歯の治療痕があっても照合先が被災したりして、身元の確認作業は難航。安倍さんに白羽の矢が立った。

 「旧青果1983」

 その冷たい響きに心を痛めた。身元が分からない遺体は識別のために番号が振られる。石巻市内の検視会場を組み合わせた数字がきうさんだった。

 「名前と住所を取り戻して、早く家族の元に返してあげたい。生前の顔に戻してあげたい」。使命感に駆られ、鉛筆を動かした。

 きうさんの遺体は検視時に撮った1枚の写真の中にしかない。丹念に観察し、記録を読み込む。在りし日の表情を思い浮かべる。がれきの中で傷ついた遺体は死後変化で膨らみ、口元や鼻がゆがんでいた。

 「線を1本足しただけで印象が変わってしまう」

 描いては消し、描いては消しの繰り返し。薄い鉛筆で慎重に輪郭を整え、イメージの中で口や鼻を元の位置に戻す。生前の暮らしを想像する。歯がない場合、上唇と鼻の間に縦じわを入れるが、入れ歯だろう。「これでいいか、本当に大丈夫か」-。2日間悩んで描き上げた。

 「鼻から下が本当に似ているね。伯母ちゃん、上手に描いてもらってうれしいと思う」。管野さんの妻菊子さん(79)は、ほほ笑む遺影を見てうなずいた。

 7月上旬、安倍さんはテレビのニュースで、きうさんの遺骨が管野さんに引き渡される様子を見た。

 遺体が番号から名前に変わった。祈りながら描いたあの日。情報が集まらず、やきもきした日々。抱えていた胸のつかえが、また一つ消えていくのを感じた。
(吉田尚史)