何日間も海を漂って膨れた顔。がれきで傷ついた顔。肉がそげ落ちた顔-。

 東日本大震災の津波で流され、時間がたって見つかった遺体は傷みが進んだ。とりわけ白骨化した顔を似顔絵で生前の姿に戻すのは至難の業だった。

 「復顔法」。宮城県警鑑識課OBで鑑識技能伝承官の安倍秀一さん(70)=仙台市泉区=が似顔絵に応用したのが、法医学データを基に頭蓋骨の形状から生前の顔を再現する技術だ。専門書を読みあさり、独学で技術を磨いた。

 「体の肉付きから推定すると、頬の厚みはこのぐらいだろうか?」

 2019年4月、宮城県女川町の女性=震災当時(60)=が似顔絵がきっかけで身元が分かった。頭部が白骨化した状態だったが、各部位の肉付きや唇の厚さなどの数値データに照らし合わせ、着衣サイズや体形から想像して顔を描いた。

 「遺体の写真から、どれだけ生前の顔の特徴をつかめるかが肝心」

 身元不明遺体の似顔絵作成をほぼ一手に担い、100枚中94枚を描いた。「神業」と評される卓越した技術は、熱心な研究と努力、何より長年携わった事件現場で培われた。

 白石署の鑑識係だった1978年、死体遺棄事件で頭蓋骨をスケッチした。以来、手掛けた捜査用の似顔絵は1000枚近い。強盗や誘拐など多くの事件解決に貢献した。自然災害の犠牲者の似顔絵を描いた経験はなかったが、腕前を請われるだけの理由があった。

 12年6月。県警が新聞やテレビで似顔絵を公開すると、「身元不明・行方不明者捜査班」の電話がひっきりなしに鳴った。

 「うちのお父さんだ。検視会場を何度回っても見つけられなかったのに」。行方不明者を捜し続けてきた家族も、遺体の写真を収めた台帳をめくるのに比べ、画用紙に描かれた似顔絵なら一枚一枚落ち着いて見ることができた。

 鉛筆1本で線を足し引きしながら、生きているような表情をつくりだした。写真の中では閉じているまぶたを開き、黒目を入れる。前歯が1本欠けた遺体なら、わざと口を開いて描く。それが、少しほほ笑むように見えることもあった。泥だらけの着衣も洗濯し、忠実な色みで描いた。

 科学捜査と違い、一見アナログな手法に見えるが、微妙なニュアンスまで表現できる似顔絵の力は大きかった。「災害の犠牲者特定に活用したのは他に聞いたことがない」と安倍さん。米誌タイムで取り上げられるなど海外メディアからも注目され、他県警からは事件の被害者の似顔絵作成を依頼された。

 あの日から9年半。震災1カ月後に1253体あった県内の身元不明遺体は残り7体にまで減った。心に引っ掛かるのは、似顔絵を手掛けた4体が今も身元不明者のチラシから消えないことだ。

 「帰りを待っている家族が必ずいる。情報が集まらないのなら、もう一度描き直してみようと思う」

 最後の1人が分かるまで、鉛筆を握り続ける。(吉田尚史)