バスケットボール男子、B2仙台は東地区4位でシーズンを終えた。主力のけがや戦術の迷走で勝ち星は伸びず、目標としたB1復帰にはほど遠い成績だった。苦戦が続いた今季を振り返るとともに、経営権移譲で新体制に生まれ変わるチームの将来像を探る。(射浜大輔)

<失った攻め手>
 1年でB1復帰を懸けたシーズンは、まさに背水の陣だった。
 「優勝賞金やプレーオフ収入がなければ赤字転落」(中村彰久球団代表)。勝負のシーズンに向け、フロントは採算を度外視した予算を組んだ。
 歯車はなかなかかみ合わなかった。補強の目玉はアシャオル。3季前、bjリーグの浜松・東三河で優勝に貢献している。1人で局面を打開できる圧倒的な個の力がある。
 相手は十分に研究してきた。開幕戦が象徴的だ。アシャオルを複数の選手で止められると、攻め手を失ってしまう。周りの日本人選手がカバーすることができなかった。
 開幕カードは連敗。その後も白星と黒星が交錯する。プレーオフ進出には7割超の勝率が求められるが、到底及ばなかった。

<迷走する戦術>
 今季就任した後藤監督は当初、失点を60点台に抑える堅守のバスケを目指していた。しかし、80点を超える失点で負ける試合が続いて戦術も迷走する。11月半ばからは攻撃重視に切り替えたが、今度は大黒柱のアシャオルが左膝骨折の大けがで戦列を離れた。
 限られた資金はギリギリのところまでつぎ込んでいる。次の手を打つ余力はなかった。故障リスト入りしていた坂本を復帰させたが、けがを悪化させただけで早々に再離脱した。
 「主力の離脱を補えなかった。それが低迷の最大の要因」。中村代表はそう残念がる。
屈辱的な成績
 年が明けて後藤監督を解任。高岡アシスタントコーチを昇格させてもチーム状態は上向くことはなかった。3月にはB1復帰の可能性が早々に消えた。
 最終成績は21勝39敗。同じく1年でB1復帰を目指した秋田だけではなく、福島、山形にすら及ばず4位。屈辱的な成績だ。
 最終戦のアウェー愛媛戦、5点差の敗戦に選手はがっくりと肩を落とした。「B1でやってきたという気持ちのおごりがあったかもしれない。貪欲に挑戦者として戦う気持ちが足りなかった」。悔しげに話す高岡監督の口調に、今季の苦戦ぶりが表れていた。