夏の甲子園大会は節目の100回目。東北楽天のレジェンドが大阪・PL学園高出身の平石監督代行だ。1998年に超高校級右腕の松坂(中日)を擁する横浜と演じた延長十七回の名勝負で、頭脳派の主将として輝きを放った。
 三塁コーチに立った平石は小山捕手(元中日)の動作から投球傾向を見破り、「いけいけ」「狙え狙え」と球種ごとに打者へ違う指示を出した。大声援にかき消され打者に正確に伝達できないとみるや「小山のかく乱を狙った」。バッテリーを精神的に揺さぶり二回の3点先制を呼んだ。
 横浜が1点を勝ち越した後の延長十一回裏には、代打平石は先頭で左前打を放った。その後の1死二塁で4番古畑が空振り三振。横浜の勝利目前の雰囲気の中、平石は二塁上で悠然とスパイクのひもを結び直した。この間がPL学園に利する。5番大西(元近鉄など)は松坂のカーブを左前へ。平石は同点のホームを踏んだ。
 「すんなり勝たせたくなかった。『間が悪い』と言われる結果にならずよかった」。20年前の球児は謙遜気味に振り返った。だが「松坂世代」で最初の指揮官になったのは、この類いまれな勝負勘ゆえだろう。(金野正之)