第100回全国高校野球選手権大会で頂点に迫った金足農(秋田市)をけん引したエース吉田輝星(こうせい)投手(17)が、プロ野球という次なる舞台を目指し25日のドラフト会議を待つ。甲子園で見せた目を見張る快投は全国の関係者を驚かせ、人々の心に強く刻まれた。雑草軍団と称される金農野球部の躍進の象徴的存在ともなった吉田投手の軌跡をたどり、さらなる成長の鍵を探る。(秋田総局・佐藤駿伍)

 プロ野球志望届の提出期限が6日後に迫った今月5日、金足農高(秋田市)の吉田輝星(こうせい)投手(17)がプロに進む道を選んだことが明らかになった。
 決断を真っ先に伝えるべく、渡辺勉校長、野球部の中泉一豊監督らは5日午前、八戸市の八戸学院大に向かった。当初、進学先として有力視された大学だ。
 吉田投手は同大野球部の正村公弘監督(55)の指導を受け、投手の力量に磨きがかかった。渡辺校長らの訪問は、その恩義に感謝し筋を通すものでもあった。
 八戸学院大は東北楽天の塩見貴洋投手(30)、青山浩二投手(35)らを輩出するなど、東北の強豪として知られる。
 正村監督が吉田投手の指導を始めたのは、ちょうど1年前の2017年10月。金農野球部の元監督で1984年夏の甲子園で4強に導いた嶋崎久美さん(70)の紹介がきっかけだった。
 初めて吉田投手の投球を見た正村監督は「すごかった。真っすぐの力がある」と驚いた。一方で「真っすぐを生かすも殺すも、今のフォームでは駄目だ」とも感じたという。
 当時は球威を意識して上からボールを投げ下ろそうとするあまり顔が上向き、上半身の軸がぶれていた。
 投球フォームをスマートフォンで撮影し、映像を見せながら全身の軸を真っすぐにし、リリースポイントを安定させるよう指導。直球を生かすためのスライダーの握りも教えた。
 八戸市から秋田市まで約4時間半かけて通い、繰り返しフォームを修正した。
 制球が良くなり変化球の切れも増した。初めは慣れないフォームに違和感があったようだが、「ボールの勢いを感じたのか、のみ込んでから良くなるのは早かった」と正村監督は言う。
 冬を越えた吉田投手の飛躍的な成長は、この夏の甲子園で4試合連続で2桁三振を奪うなど準優勝をけん引した獅子奮迅の活躍が、如実に物語っている。
 プロ志望を表明した10日の記者会見で、吉田投手は「幼い頃からの夢、プロ野球選手になりたいという気持ちが強かった」と語った。25日のドラフト会議では1位指名が有力視される。
 正村監督は「人間力」を最重視していると明かす。
 投球、守備など全てのレベルアップを大前提とした上で、「人間が優れていれば周りに人が集まり、周囲の期待に応えようと努力する。彼ほどのレベルの選手であれば、おのずと技術は磨かれていく」と吉田投手のこれからを思い描く。
 「都会の絵の具に 染まらないで」。大学で指導することはかなわなかったが、1976年にヒットした「木綿のハンカチーフ」の歌詞になぞらえ、厳しいプロの世界でも自分を見失わずに初志貫徹してほしいとエールを送る。