プロ野球選手になる夢をかなえた少年と、その夢を支え続けると決めた少年。東日本大震災から9年となった今春、ともに震災で家族を亡くした幼なじみの親友同士が、大船渡市の高校を巣立った。いつか再び交わる日に向けて、それぞれの歩みを進める。

 夢をかなえたのは大船渡高を卒業した佐々木朗希投手(18)。高校生史上最速163キロの剛速球を引っ提げ、ドラフト1位でプロ野球ロッテに入団した「令和の怪物」だ。

 幼なじみの菊地広翔(ひろと)さん(18)は大船渡東高を卒業し、仙台市の専門学校に進む。目的はアスレチックトレーナーの資格取得。いつか佐々木投手の力になる日を夢見る。

 2人は陸前高田市で暮らし、高田小3年で野球チームに入った時も、小学校から高台へ死に物狂いで逃げた時も一緒だった。佐々木投手は父と祖父母を亡くし、菊地さんは祖父母が犠牲になった。

 震災1カ月後の2011年4月、菊地さんは大船渡市の猪川小に転校した。教室の一番前の席で隣に座ったのは佐々木投手だった。

 偶然の再会を菊地さんは「気持ちの整理がつかないままの転校だった。朗希がいてくれてすごく安心した」と振り返る。

 校庭に仮設住宅が建つと、2人は場所を転々としながら野球の練習に打ち込んだ。小学校でバッテリーを組み、佐々木投手の球を受けた。互いに亡くなった家族の話はしない。それでも気持ちは通じていた。

 大船渡一中を経て別々の高校に進学後も、佐々木投手は菊地さんを自主トレーニングに誘った。「朗希はいずれプロ野球選手になる。それなら…」。菊地さんは、スポーツ選手に健康管理やトレーニングを指導するトレーナーになると高校1年で決めた。「助け合ってきた幼なじみをプロでも支えたい」と語る。

 高校の公式戦で1打席だけ親友対決が実現した。球が速すぎ、バントもできずに3球三振。「本当に同じ人間かとびっくりした。すごい頑張ったんだな」

 佐々木投手の入寮を仲間が見送った。菊地さんは寄せ書きに「飛躍 夢叶(かな)うまで挑戦 最高の恩返し」としたためた。「夢の実現は簡単ではないが、憧れの存在に頑張って近づきたい」と語る。

 卒業前、菊地さんがプロ野球ゲームのソフトを買ったことを伝えると、佐々木投手からこんな返事が戻ってきた。「2020年(シーズンのソフト)が出たら(自分を)使ってな」。その日が楽しみだ。