2015年夏の全国高校野球選手権で準優勝した仙台育英高の3年生エースで、プロ野球元オリックスの佐藤世那(23)が、横浜市でプロ復帰を目指している。高校時代から痛めていた右肘を手術し、球速は戻りつつある。「(プロ挑戦は)長くても来年まで」と覚悟を決めている。

 プロ3年目の18年に戦力外となった後、同市の電気設備工事業K・T・Aに所属し、横浜球友クラブでプレーする。週末は試合に臨み、平日は東京都内で自主トレに励む。

 昨年、ダルビッシュ有(米大リーグカブス、宮城・東北高出)や松坂大輔(西武)が受けた肘の靱帯(じんたい)再建手術(通称トミー・ジョン手術)に踏み切った。今は痛みから解放され、球速は145キロまで戻ってきた。

 「プロの目に留まるよう、常に140キロ台後半を投げられるようにしたい」。秋に予定されているプロ野球のトライアウトへ力を磨く。

 肘を痛めたのは高校2年の時だ。夏の甲子園大会出場を逃し、練習試合が増えていた。秋は明治神宮大会決勝まで進み、投球過多の状態が続いた。12月、キャッチボールで鋭い痛みが走る。剥離骨折だった。

 手術すれば手中にしていた春の選抜大会出場を棒に振る。夏もどうなるか分からない。同じ症状を放置するプロ選手もいる。痛み止めの薬を飲みながら、だましだまし投げ続ける道を選んだ。

 夏の甲子園は決勝に進出。右腕は一躍全国区の存在となったが、裏では点滴を打ち続ける日々だった。「夏の甲子園がなければ、プロになれなかった」。選択は後悔していないが、後輩たちには無理をしてほしくないと願う。「痛み止めを飲んで投げるくらいなら、治療するべきだ」

 今年、高校でバッテリーを組んだ郡司裕也(中日)ら、同学年の選手が大学を経由してプロ入りした。「ずっとしがみつくより、(将来の道を)切り替えないといけない年齢でもある」。残された時間に全てを懸ける。(東京支社・佐藤夏樹)