「勝ちたかったが、最後に追い付き、少しだけでも成長した姿を見せられた」。フル出場の奥埜が言う。東日本大震災から7年を翌日に控えた試合に「特別な思いが込み上げた」。「3.11」の記憶は今も薄れない。
 当時は仙台大3年生、仙台の特別指定選手だった。サッカー部の練習を終え、車で帰宅する途中、長く強い揺れに見舞われた。戸惑いの中、部の仲間と手分けして、水や食料を求めさまよい歩いた。
 2011年、復興の「希望の光」となった仙台は4位に躍進し、奥埜が入団した12年は過去最高の2位まで駆け上がった。「結果を出せばチームの露出度が高まり、被災された方々を勇気づけられる」。そう思う分、近年の成績に歯がゆさを感じている。
 被災地を訪れるたび、自分に何ができるか自問した。答えは「サッカーで結果を残す」。今季はチームの柱として富田、大岩と共に主将を務める。震災を語れる数少ない選手の一人でもある。
 あれから7年、風化との戦いも続く。「粘って好機をものにする今季の戦いは、2位になった時のチームに通じるものがある。僕たちがピッチで戦う姿を見て、何かを感じてもらえたら」。思いを新たにする背番号「7」が燃えている。(佐々木貴)