寡黙な菅井らしいピリオドの打ち方だった。チームが発表したコメントの中に「言葉にするのが苦手なので」とあり、引退会見もなく静かにピッチを去る。
 仙台一筋で16季。03年のJ2降格、09年のJ1復帰とJ2優勝をともに経験した唯一の現役選手だった。右サイドバックで前線と最終ラインの間を激しく動く献身的な働きに加え、相手ゴール前へ神出鬼没に進入してゴールを奪う姿でサポーターを歓喜させた。
 激しいプレーの一方で、いつもは物静か。黙々と練習に取り組み、終了後はすぐにクラブハウスを後にする。前出のコメントでも「口数の少ない私を取材するのは大変だったと思う」と認める。J1復帰を共にかなえ、現在は仙台のクラブコーディネーターの平瀬智行さんは「表情に出さず黙々とプレーする選手はなかなかいない」と懐かしむ。
 少ない口数の中に、強気な姿勢と飽くなき向上心を感じた。仙台入りする直前の02年秋にインタビューした際は、先に練習参加して「欲しいところにボールが来るので伸び伸びできた」と言い切った。
 近年は出場機会に恵まれない中、センターバックに挑戦。高校の同級生でスピードスケート日本代表として昨年の平昌五輪に出場した加藤条治(博慈会)を「本当にストイック」と刺激を受け、現役続行の道を探り続けた。
 4日ほど前に決断を聞いたという平瀬さんは「違うチームに移籍すればまだまだやれたと思うが、『ベガルタの菅井』で終わるという彼の信念を尊重したい」とねぎらう。「25」を掲げた躍動する背中で熱く語り続けた見事な16年間だった。(原口靖志)