須賀川市中心部から西側の長沼地区へ向かう。貯水量約150万トンの大規模な農業用ため池「藤沼ダム」は、復旧工事完了から1年余りが経過した。凍った湖面に雪が積もる。
 湖畔の藤沼温泉やまゆり荘。取締役の深谷哲雄さん(67)は内陸被災地の語り部だ。売店に立って被害の状況を伝えている。
 「あの本堤が崩れ、水がどっと流れた。ダムの水は洗面器を揺らしたようだったそうです」
 須賀川市は東日本大震災で震度6強を観測。市役所庁舎が全壊するなど住宅や建物の倒壊が相次いだ。

<里親 全国1400人>
 中でも決壊した藤沼ダムの被害は甚大だった。
 1949年の完成以来、農地837ヘクタールを潤してきた水が、濁流となり住宅や田畑をのみ込んだ。住民7人が死亡し、当時1歳の男児が今も行方不明。住宅は22棟が流失・全壊した。
 市有のダムは、県が復旧工事を終え、2017年1月に試験湛水を開始。4月に農業用水の供給を再開した。
 「多くの教訓を得た」と深谷さん。決壊の可能性、危険を防ぐ管理の重要性、避難所設営など備えの大切さ…。「次世代に伝えていくことが課題」と考える。
 記憶の伝承に向けては、花を通じた全国各地との交流が続いている。
 地元の長沼商工会などが13年4月、ダム湖底を歩く会を開催。アジサイの群生が見つかった。
 挿し木で増やした「奇跡のアジサイ」は現在、全国各地に約1400人の「里親」がいる。17年6月には約1000人が集まり、ダム湖沿いの約1キロに苗木1600本ほどを植えた。
 アジサイは、ダムの必要性などを巡って生じた地域内のわだかまりも和らげた。商工会の遠藤吉光会長(66)は「(株分けや交流会が)みんなで前に進むきっかけになった」と話す。

<慰霊碑計画も>
 藤沼ダムには教訓を学ぶため、同種のため池を持つ全国各地の関係者が訪れるようになった。
 自宅を流失した被災者の会代表の森清道さん(61)は「『想定外』はない。被害を繰り返してはならない」と強調。慰霊碑建立などの計画を進めるとともに、犠牲者の「生きた証しを伝えたい」と、遺族への聞き取りによる記録集の作成も構想する。(郡山支局・岩崎かおり)

<被害概要>
 須賀川市は3月11日の本震で震度6強を観測。翌月11日の余震を含め計11人が死亡(うち関連死2人)、1人が行方不明となった。直接死9人は福島県内の内陸の自治体では白河市の12人に次いで多い。住宅被害は1万5000棟を超え、うち1249棟が全壊した。全壊した市役所の新庁舎は2017年5月に開庁。藤沼ダムのある長沼地区では同年8月、防災公園が3カ所に整備された。