建材に含まれるアスベスト(石綿)を吸って健康被害を受けた首都圏の元建設労働者や遺族355人が、国と建材メーカー42社に計約118億円の損害賠償を求めた訴訟の控訴審判決が14日、東京高裁で言い渡される。石綿関連疾患は潜伏期が数十年と長く、高度経済成長期に東京へ集団就職した東北出身者も原告に加わる。その一人で山形県白鷹町の佐藤武さん(79)は「国と企業は責任を認め謝罪してほしい」と訴える。 今回の訴訟は2008年以降、全国で起こされた建設アスベスト訴訟=?=で最多の原告を抱える。いわき市出身の原告団長宮島和男さん(88)をはじめ、複数の東北関係者がいる。
 佐藤さんは白鷹町の中学校を卒業した1954年に集団就職し、東京の工事現場で働いた。77年に妻子と帰郷し、83年に出稼ぎで東京へ。親類が経営する内装工事会社を手伝った。
 主な仕事はビル内の店舗改修。工場で家具を作って取り付け、天井や床、壁の建材を張り替えた。建材を切ると石綿を含む粉じんが飛んだ。「危険性は知らず、マスク着用を言われたこともない」。天井裏に入り、吹き付けられた石綿を剥がすこともあった。
 01年に息苦しさに悩み始め、06年にじん肺の一種の石綿肺と診断された。07年に退職し労災認定を受けた。「我慢して仕事を続け、限界だった」。今では就寝時や外出時、酸素吸入が欠かせない。
 原告弁護団によると、石綿の発がん性は遅くとも72年に国際的に知られた。日本の規制は段階的で、06年に使用を原則禁止した。
 12年の一審・東京地裁判決は「国による規制措置は全体として実効性を欠き、不十分」として元労働者308人のうち158人に国の賠償責任を認定。企業への請求は退けた。
 提訴した08年5月の前も含め、元労働者308人のうち234人が死亡(昨年12月19日現在)。「規制は適切」と主張する国に、佐藤さんは「対策が遅れたから多くの被害者が出たんだ」と憤る。
 出稼ぎはさみしさもあったが、ものづくりが好きで仕事に誇りを持っていた。石綿に健康と仕事を奪われた悔しさを胸に判決を待つ。
(東京支社・片山佐和子)

[建設アスベスト訴訟]札幌、東京、横浜、京都、大阪、福岡の6地裁で起こされ、最高裁1件、高裁6件、地裁5地裁で係争中。一、二審判決の8件中7件が国の責任を認定。うち東京高裁の先行判決を含む3件は企業の責任も認めた。原告の元労働者総数は701人。