青森県六ケ所村を中心とした国家プロジェクト「むつ小川原開発」が始動してから今年で50年になる。巨大石油コンビナート計画は頓挫し、代わりに立地した使用済み核燃料再処理工場は建設が続く。開発地区の半数は今も買い手がなく、企業を誘致している。

<石油危機で変化>
 石油備蓄基地、大規模太陽光発電所(メガソーラー)、風力発電所、再処理工場などの核燃料サイクル施設-。開発地区には現在、当初計画とは違うエネルギー関連施設が集中する。
 元村助役の橋本勲さん(79)=青森県六戸町=は「国の後押しがあった。土地さえ確保すれば、計画は進むと思っていた」と当時を振り返る。
 むつ小川原開発は1969年の新全国総合開発計画(新全総)で、東北の主要な構想に位置付けられた。「陸奥湾、小川原湖周辺、八戸、久慈一帯に巨大臨海コンビナートの形成を図る」と記述された。
 県は72年、開発の第1次基本計画を決めた。巨大な石油コンビナート計画で、開発地区は六ケ所村の鷹架沼周辺から三沢市北部の臨海約5000ヘクタールとした。JR山手線の内側の面積に匹敵する大きさだった。
 だが、2度にわたる石油危機で情勢が変わった。75年の第2次基本計画で規模は大幅に縮小。結局、石油産業の需要がなくなり、国家石油備蓄基地のみの立地が決まった。

<エネ関連が集積>
 開発の柱を失った県と村に対し、電気事業連合会(電事連)は84年、再処理工場など核燃施設の立地を要請。県と村は翌年、受け入れを表明した。
 93年に着工した再処理工場は完成延期を繰り返し、現在も工事中。運営する日本原燃は2021年度上期を完成目標にしている。
 橋本さんは「村民は既に土地を売ってしまっていた。国策に振り回されてきたが、核燃施設が立地しなかったら村の経済や雇用がどうなっていたか想像できない」と語る。
 県は07年、研究開発と産業立地を2本柱とする「新むつ小川原開発基本計画」を策定した。国際核融合エネルギー研究センターやメガソーラーをはじめ、エネルギー関連企業を中心に約100社が集積するに至ったが、地区内の開発用地約3290ヘクタールのうち約1600ヘクタールは未利用地のままだ。
 分譲に加え、基本計画推進の一端を担う第三セクターの新むつ小川原(東京)は「原燃のメンテナンス企業の立地増加や核融合関連産業の集積に期待している。時代の情勢に応じた誘致を進めていく」とコメントした。
 三村申吾青森県知事は「開発には伸びしろがあり、国の関与もある。経団連からは産業の提案を受けているので、具体化していきたい」と話した。

[むつ小川原開発] 青森県六ケ所村を中心に大規模工業基地の建設を目指した国家プロジェクト。現在は2007年に県が策定した「新むつ小川原開発基本計画」を指針とし、世界に貢献する「科学技術創造圏」の形成を目指す。国土交通省、県、村、経団連、日本政策投資銀行、第三セクターの「新むつ小川原」の6者で構成する「むつ小川原開発推進協議会」などを通じて開発が進められている。当初は国と県、経団連傘下の企業が出資し、1971年に設立した「むつ小川原開発」が中心となったが企業誘致が進まず、経営破綻した。新むつ小川原は2000年に設立された。