東日本大震災の体験を語り継ぐ東松島市の女子大学生2人が13日、そろって成人式を迎える。当時は被災した野蒜小(現宮野森小)の6年生。高校2年で始めた震災ガイドのグループは、10代を意味する「Teenager(ティーンエージャー)」の頭文字などから「TTT」と名乗る。震災の風化は進む。10代を卒業しても「あの日」を伝える思いは変わらない。

 小山綾(りょう)さん(19)と斎藤茉弥乃(まやの)さん(20)。2人は昨年12月、仙台市青葉区のレンタルスペースで福岡県から来た高校生18人と向き合った。「震災の時、みんなは10歳くらいかな?」。小山さんが優しく語り掛け、当時を振り返り始めた。
 震災は帰りの会が終わり、昇降口にいた時に発生した。緊急地震速報を受け、校庭に避難した。経験のない強い揺れ。「トランポリンのような感覚だった」「電信柱がビョンビョンと揺れ、怖いと思った」。子ども心に感じた素直な記憶をたどる。
 迎えに来た母親の車で帰ろうとした際、「津波が来たよ」と叫び声が聞こえた。慌てて走って逃げ、振り向くと濁流が見えた。「バケツからこぼした水がサーッと広がるようだった」
 斎藤さんは地震後、体育館に避難した。友達と話していると、津波が入ってきた。水かさがどんどん増したが、不思議と冷静だった。「着衣泳をすれば助かるかも」。授業で習った浮かび方を思い出した。
 息を大きく吸って肺いっぱいに空気をため、両脚を広げた。何度か沈みかけながらも耐えた。気が付くと水が引いていた。
 授業では洪水で着衣泳をして助かった少女の話を聞いた。自分の体験も、伝えることで救われる命があるかもしれない。斎藤さんは「知識を持つことの大切さを知ってほしい」と福岡の高校生に呼び掛けた。
 2人は中学卒業後、別々の高校に進学した。会う機会が減った頃、知人から現地ガイドの誘いを受けた。「まやに会えるなら」「りょうに会えるなら」と応じた。
 語り部を始めた日も一緒だった。2015年5月。話す途中、斎藤さんは涙がこみ上げ、小山さんもつられて泣いた。
 回数を重ねるごとに人前で話すことに慣れ、伝える内容は明確になった。県外からの依頼も舞い込み、「こんなに話を聞いてくれる人がいるんだ」と驚いた。
 今、2人は仙台市の別々の大学に通う。タイミングが合えばJR仙石線で一緒に帰る。アルバイト先も同じ。「今が一番一緒にいるよね」。共に歩んだ10代が過ぎてゆく。
 TTTの他の「T」は「TSUNAGU(つなぐ)」と「Tourguide(ツアーガイド)」の頭文字。「被災というマイナスの体験を、伝えることでプラスにしたい」。20代になっても震災の経験、教訓を伝え、未来につなぐ。