◎第6部 仙台藩降伏/箱館・五稜郭の戦い

 石巻から蝦夷地(北海道)へ渡った旧幕臣の榎本武揚、新選組副長の土方歳三らは、箱館(現在の函館市)五稜郭を拠点に独立政権の樹立を目指した。当然、それを認めない新政府は、1869(明治2)年旧暦4月9日、兵を蝦夷地に上陸させ、箱館へ向けて進軍を始めた。
 榎本と共に箱館入りした仙台藩士の星恂太郎(じゅんたろう)率いる洋式銃部隊「額兵隊」の250人は、榎本軍の第2大隊として木古内(北海道木古内町)などで新政府軍に立ち向かった。押された榎本軍が五稜郭に引いた後も、各地の市街戦に出撃した。
 額兵隊の名は、箱館攻防戦を最後まで戦い抜いた精鋭として、函館市民に知られている。
 同市で毎年5月にある箱館五稜郭祭。戊辰戦争ゆかりの人物に仮装して中心街を行進する恒例の「維新パレード」では、額兵隊が榎本軍の先頭を歩く。戦死者供養塔の前で弔銃も放つ役目もある。銃器を扱う関係から陸上自衛隊第28普通科連隊(函館市)が隊士役を演じ、赤と黒のリバーシブルだったとされる額兵隊の制服に身を包む。
 額兵隊は仙台では有名とは言いがたい。五稜郭祭を訪れた札幌市の女性会社員(43)は「こちらでは新選組と共に人気の存在。地元の人が知らないとはもったいない」と驚く。
 岩沼市の病院長宍戸洋さん(70)は12年前、戊辰戦争の歴史を調べるうちに額兵隊を知り、「仙台藩にも気骨ある人がいた」と感銘を受けた。今では五稜郭祭に駆け付け「額兵隊は宮城県人の誇り」と書いた横断幕を掲げるほど敬愛する。昨年の五稜郭祭も訪れた宍戸さんは「今年は箱館の戦いから150年の節目。額兵隊が注目を集める好機になってほしい」と話した。
 箱館に攻め入った新政府軍は旧暦5月11日、五稜郭を総攻撃し、同18日、榎本軍は降伏。土方も壮絶な死を遂げた。星と同様に仙台藩から加わった「見国隊」隊長の二関源治も戦死。68(慶応4)年、戊辰の正月から約1年半にわたって繰り広げられた内戦は、ついに終幕を迎えた。

[星恂太郎]1840年、仙台東照宮の宮司の家に生まれる。当初は過激な攘夷(じょうい)論者で開国派の奉行但木土佐らを暗殺しようとしたが、逆に世界情勢を諭されて感服し、脱藩。横浜で米国の商人バン・リードの下で働きながら兵学と砲術を学んだ。戦後に赦免され、北海道開拓使に任じられたが、官を辞して仙台に戻り76年に病没した。
 五稜郭 幕府が外国との交渉や蝦夷地防衛のために1864年に造った星形の城郭。欧州の城郭都市がモデル。稜堡(りょうほ)と呼ばれる五つの突出部を、石垣、水堀、土塁で囲む。戦国時代や江戸時代初期の城と異なり、大砲や銃による攻撃を想定した構造となっている。(文・酒井原雄平 写真・鹿野智裕 岩野一英)