秋田市出身の元団体職員遠藤国士(くにし)さん(42)がこの春、福島県楢葉町の町職員となり、一家5人で町内で本格的に暮らし始めた。町は東京電力福島第1原発事故の避難指示解除から3年半がたち、復興は新たな段階に入りつつある。「よそ者だからこそできることがある」と意気込む遠藤さんを、家族が支える。
 遠藤さんは町産業振興課に配属され、営農再開支援や本格化する農業の基盤整備といった業務を担う。秋田市の農業関連団体に約20年間勤めて培った農業土木の知識を生かせる仕事だ。
 移住のきっかけは東日本大震災直後、宮城県沿岸南部の津波被災農地の調査を支援した経験だった。「農業復興には技術が必要。経験が役に立つなら」。関係者の誘いで復興庁の任期付き職員となり、2017年9月に派遣されたのが福島県浪江町だった。
 町は当時、半年前に避難指示が一部で解除されたばかり。国士さんは当初は単身で赴任し、家族を呼び寄せようとしたが、妻千晶さん(42)は困惑した。知り合いのいない土地で、帰還した住民はまだ少ない。放射線への不安もあった。
 子どもたち3人は友達との別れを寂しがった。だが千晶さんは「家族は一緒にいなければならない。パパあっての家族だから」と決断、18年4月に秋田市から浪江町に転居した。
 「多くの経験をして、視野を広げてほしい。住まなければ分からないことがある」。国士さんには子どもたちへの思いもあった。
 中学2年の長女雪姫(ゆめ)さん(13)も同年代の子どもが少ない状況に戸惑ったが、福島の実情を学校で学んで古里について考えるようになった。「いろいろな人と会うと知らないことがたくさんあった」と話す。
 国士さんは「腰を据えて復興の仕事をしたい」と楢葉町職員に応募し、本年度採用された。前倒しで今年1月に家族で浪江町から楢葉町に引っ越し、勤務を始めた。
 町は人口に占める町内居住者の割合が3月末で53%に達し、基幹産業の農業などの本格再生に進む。「もちろん地元の人たちが中心だが、違う発想も必要。新たな住民を引きつけられたらいいと思う」と話す。
 「子育て世代が興味を持つ町になってほしい。まずは当たり前に農業が営まれる風景を取り戻すこと。そのために役立ちたい」と決意を新たにする。