30年余りにわたった平成が間もなく終わる。この間、東北は幾つもの荒波を乗り越え、変革を続けてきた。新しい時代の幕開けを前に、政治、経済、文化など各分野の軌跡を追った。

<「55年体制」崩壊>
 平成の政治は「改革」の大合唱で始まった。
 リクルート事件や東京佐川急便事件が政界を揺るがし、東北では仙台市長、宮城県知事が逮捕されたゼネコン汚職事件が発覚。「政治とカネ」が生み出す醜態に、政治不信は極まった。
 国政で「金権政治の温床」とされたのは衆院中選挙区制だった。選挙制度の改革が焦点となり、1人を選ぶ小選挙区制導入の動きが加速。そのうねりは自民、社会両党がにらみ合う「55年体制」の崩壊を誘発した。
 与野党が小選挙区で初めて激突したのは1996年衆院選。選挙区が13から26に増えた東北では自民が15議席、野党系が10議席をそれぞれ獲得し、「政権交代可能な二大政党制」の到来を予感させた。
 自民党宮城県連幹事長として選挙を仕切った前栗原市長の佐藤勇氏(76)は「勝ち越すことができたが、(議席を)維持する難しさも感じた」と述懐する。
 新しい選挙制度下で、民意の振り子の振幅は大きくなった。2009年衆院選では「風」を捉えた民主党が東北で19を獲得するなどして圧勝。同党が政権をもぎ取った。

<党内抗争絶えず>
 「派閥の求心力が低下し、自民の足腰は弱っていた」。政権交代の立役者となった小沢一郎氏(自由党代表、衆院岩手3区)を支える後援会連合会長の小笠原直敏氏(74)はこう語る一方、野党にも冷ややかな視線を送る。「民主党も政権担当能力が欠けていた」
 民主党は事業仕分けや子ども手当拡充などを打ち出したものの、党内抗争が絶えず求心力が低下。東日本大震災と東京電力福島第1原発事故に直面した東北の有権者は、12年衆院選で再び自公政権を選んだ。
 反転攻勢をうかがう野党はまとまりを欠き、安倍晋三首相の長期政権が続く。地方でも「1強多弱」に変化の兆しは見えない。「選択肢が減り政治に緊張感がない。いつまでこの状態が続くのか」。東北の政界関係者が嘆いた。