56年の時を経て、再び五輪が日本にやってくる。世界最大のスポーツイベントは社会を変える。開幕は2020年7月。出場を目指す選手は何を思い、周囲はどう支えるのか。東北出身の有望選手に迫った。
(2020年東京五輪取材班)

<不安笑い飛ばす>
 東京五輪日本代表を懸けたサバイバルレースに勝ち抜くのは容易ではない。花形種目の女子マラソンはなおさらだ。

 福士加代子(ワコール、青森・五所川原工高出)は9月15日の五輪代表選考会(MGC)に向け、走り続けている。37歳。若手が台頭する中、5大会連続出場を目指して練習を積む。

 5月に大阪であった関西実業団選手権の1万メートルは直前で欠場を決めた。「今は大会より練習。しっかり走り込みをし、それからスピードに移行する」と永山忠幸監督(59)は現状を説明する。

 5000メートルなどの日本記録を持ち、記者会見ではちゃめっ気あるコメントで会場を沸かせる。走る姿はまさに勝負師。レースはいつだって物語性を帯びる。

 「勝ってMGCの出場権を取りたい」。そう意気込んだ1月の大阪国際女子マラソン。レースプランは序盤の転倒で崩れてしまう。額から出血し、意識もうろうとしながら20キロ以上走った。30キロすぎから何度も足が止まり、最後は永山監督がストップをかけた。

 MGCに出るには3月の名古屋を走るしかない。インターバルはわずか41日。治療で満足な練習ができない中、もう一度マラソンを走れるのか。「人生、悪いように転んではいない」。レース前の記者会見では不安を笑い飛ばしてみせた。

<半端でない重圧>
 タフネス。不屈のランナー。福士の姿はそう映る。でも、2004年アテネ五輪女子マラソン金メダリストの野口みずきさん(40)の見方はちょっと違う。

 「繊細で、真面目で、さりげない気配りができる子。会見ではおどけて緊張をほぐそうとしているし、場を和ませようともしている」

 五輪選手の重圧は半端ではない。メディアの取材、周囲の期待は代表選考の段階から重くのしかかり、アスリートを神経質にさせる。

 おおらかな性格の野口さんも経験した。「アテネの時は取材が気分転換になったのに、(故障で欠場した)北京の前は『連覇ができるのは私だけ』と過度に緊張した。増田明美さんがスイスまで練習を見に来てくれた時ですら、『見られたくない』とピリピリした対応になってしまった」

 名古屋で福士は日本人2位に入り、MGC出場を決めた。ゴール時は満面の笑み。「大阪より落ち着いていた」「MGCでは主導権を握りたい」。表情は晴れ晴れとしていた。

 MGCまで残り100日余り。勝てば五輪出場が決まる。女子の実力は横一線だ。