福島県南相馬市小高区の中心部に近い南町。主婦渡辺広子さん(68)は昨秋、東日本大震災と東京電力福島第1原発事故に伴う避難先から一角にある生家に帰還した。
 「震災前の隣組6軒で戻ったのは自分だけ。夜は怖くて、テレビをつけっぱなしにしている」
 仕立業を営んできた父を支え、震災前から介護してきたが、避難中に亡くした。今は1人で暮らす。
 庭の家庭菜園を指さしながら、渡辺さんは「気ままに暮らせるのはいい。元気なうちは車を運転して買い物にも行ける。だけど、病気になったらどうしようと考えてしまう」と語る。
激戦のしこり?
 5月末現在、小高区に居住する約3600人の49%が高齢者。長期避難の影響で急激に人口が減り、かつてなかった年齢構成となった。急務である地域医療の再構築が重くのしかかる。
 身近にある市立小高病院を巡っては、3年前の避難指示解除前に復活させた現在の外来診療に加え、入院機能(99床)を再開させるかどうかで議論が揺れた。
 昨年1月の市長選で、公約の一つに入院機能再開を掲げた門馬和夫氏が初当選した。無床化を訴えた前市長桜井勝延氏との票差はわずか201。激戦のしこりが今なおちらつく。
 門馬市長が今春、19床の有床診療所とするプランを成案化させると、ただ一人の常勤医が有床化に反発して退職した。
 退職に至ったのは「訪問診療と遠隔診療を組み合わせた過疎地医療の先進モデルづくりが実らない」との判断が大きいが、地元では門馬市長との確執も取り沙汰される。
 小高区の実情を知るこの医師が、病院改革を審議する公的な場に招かれたのは1度限り。協議の肝心な部分は、市議をはじめメディアにも公開されなかった。
 住民の間には「身近に病床があれば安心感につながる」「帰還者が増える」と賛同の声もあれば「医師らスタッフ確保が困難」「市の財政負担が増える」との懸念もある。
 「小児科などの専門医が不在の市立総合病院を何とかすべきだ。仙台市や福島市まで通っている患者もいる」と、医療の質に対する不安も消えない。
赤字倍増の恐れ
 市は総合病院6億8000万円、小高病院3500万円の赤字(2017年度)を抱える。小高病院は有床化に伴い常勤に換算して3人分の医師が新たに必要となるなど、赤字が倍増するとの予測もある。
 門馬市長は「効率性だけで公立病院は語れない」と話す。「必要な病床だと説明して納得してもらい、赤字は減らす努力をする。医師確保などハードルはあるが諦めたくない」。現在の任期中に有床化にめどを付けたい考えだ。
 原発事故から再出発した小高区にふさわしい医療体制はどうあるべきか。住民本位で開かれた協議の場を再設定するのは今からでも遅くない。