東日本大震災の被災者が暮らす災害公営住宅で、入居4年目から収入超過世帯に適用される家賃割り増しが生活再建の足かせになっている。仙台市内では現役世代を中心に、高騰した家賃を払えず退居する動きも。入居者は現状の制度に困惑と不満を抱え、機械的な線引きがもたらす住まい復興の壁に直面している。(報道部・桐生薫子)

 市から届く家賃請求額は当初の2.5倍に膨れ、通帳の残高が底を突いた。何度かキャッシングカードの借り入れで支払いを済ませたが、「俺は一体、何のために働いているのか」とやるせない思いが消えない。
 宮城野区で被災した建設会社に勤める男性(58)は2014年4月から、若林区の荒井東災害公営で妻(54)と暮らす。3Kの簡素な造り。「念願のついのすみか。妻と支え合って生きていこう」と再出発を決意したはずだった。
 公営住宅は原則、所得月額が15万8000円を超える世帯は入居できない。当初は震災特例が適用されたが、月3万円台だった家賃は家財など雑損失の繰り越し控除が切れた16年度、6万円台に上昇した。18年度からさらに割り増しされ、本年度は8万円を超えた。
 勤め先は復興需要が落ち着いた3、4年前から仕事が激減。月の3分の2が休みになり、「これでは飯を食っていけない」と別の建設会社に転職した。男性も共働きの妻も、先行きの心労で体調を崩した。
 退居も考えたが、老後が心配で踏ん切りがつかない。生命保険の解約も頭をよぎる。「今更放り出されても途方に暮れる。年金暮らしで収入が減り、家賃が下がるまで我慢すべきなのだろうか」と頭を抱える。
 「津波で根こそぎ財産を奪われ、一日も早く暮らしを安定させようと必死で働いてきた。生活設計が狂ってしまった」。宮城野区の田子西災害公営に家族4人で身を寄せた会社員男性(55)は昨年4月、重い負担に耐え切れず、数キロ先の民間賃貸住宅に移った。
 当初5万円だった家賃は娘2人が就職後、徐々に割り増しされ、入居3年目には9万円になった。市から18年度以降は10万8700円に引き上げるとの通告を受け、家族会議を開いて退居を決断した。
 震災前に営んでいた会社の借財が今も残り、家族4人で働いても生活は苦しい状況だった。市に家賃引き上げの猶予を掛け合ったが、担当者は「家賃は世帯の総収入で決まるので、個別事情には応じられない」と取り付く島もなかった。
 災害公営の自治会で、男性は「自分の世代が高齢者を支えないと」と役員を引き受け、行事の運営に積極参加した。70代の会長夫妻は「いずれ会長職を引き継いでもらおうと考えていたのに…」と肩を落とした。