東日本大震災で分断された交通網が、長い一本の線につながろうとしている。傷跡を癒やしながら、少しずつ復興に向かう被災地の数々。点々と海沿いに続く駅を起点に訪ね歩いた。

◎岩手県大船渡市大船渡町 洋服店経営 瀬野敏子さん(71)

 時計の針は3時25分で止まっています。東日本大震災の日、この時刻に大船渡が津波に襲われたということ。復興が進み、駅の周りに新しい建物が次々とできていますが、時計塔だけはそのままの姿です。

 大船渡はひどいありさまでした。見渡す限りのがれきの山。まるで映画のセットのようで、とても現実の世界とは思えませんでした。駅から歩いて5分の所にあった私の店も、残ったのは土台だけです。

 もともと時計塔が建っていたのは駅前の小さな公園。住民の要望で市の震災遺構になり、駅から300メートルほど離れた夢海(ゆめみ)公園に引っ越しました。この街の将来のためにも、形のある物が残ったのはいいことです。

 私は2年前、「おおふなと夢商店街」で洋服店を本格的に再建することができました。それまで5年以上も、仮設の商店街に入っていました。

 昔と同じように、普通に商売ができるようになったわけですが、それはとても幸せなことなんですね。

3時25分は地震の発生から39分後になる。時計塔の針はもう二度と動くことはないが、 いつまでも津波の脅威を伝えていく
(文・写真 鹿野智裕)

◎大船渡(気仙沼線BRT)

 時計塔は高さ約5メートル。1995年に設置され「茶茶丸パークの時計塔」と呼ばれて親しまれた。大船渡市では、地震発生の午後2時46分で止まった市民体育館の時計も震災遺構になっている。大船渡駅前には「キャッセン」などの商業施設が立地し、新しい市街地の整備が進んでいる。