三陸沿岸を中心に国内で142人が死亡・行方不明になった1960年のチリ地震津波は、24日で発生から60年になる。東日本大震災で津波被害の記憶が大きく塗り替えられる中、揺れを感じないまま遠方から押し寄せる「遠地津波」の教訓伝承の在り方が改めて問われている。

 60年前の5月23日(日本時間)、南米チリ沖で観測史上最大とされるマグニチュード(M)9.5の超巨大地震が発生した。津波は太平洋を横断して約22時間後の翌24日未明に日本沿岸に到達し、三陸沿岸で4~6メートルを記録した。

 東北では岩手62人、宮城54人、福島4人、青森3人の計123人が犠牲になり、全国の9割近くを占めた。特に53人の大船渡市、41人の宮城県志津川町(現南三陸町)に集中した。

 三陸沿岸は、明治三陸大津波(1896年)や昭和三陸津波(1933年)など繰り返し津波に襲われてきた。地球の裏側から押し寄せた遠地津波は、付近で揺れを感じることはなく、「地震があったら津波の用心」という伝承が通用しなかった。

 津波後、防潮堤など構造物による防災対策が国内で進んだ。三陸沿岸は2010年2月にもチリ沖の地震津波で漁業被害を受けた。

 大船渡市と南三陸町は毎年、チリ地震津波の発生日付近に防災訓練を実施してきたが、震災以降は秋に変更された。